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できるとおどろく

盛岡市ピアノ教室「ミチコピアノアカデミー」

2024年5月13日のブログです。

生徒さんたち(どちらかというとお子さまですが、大人の方でも同じです)が、さっと正確に譜を読んで演奏したり(初見)、その方にとって難しいかな、と思われることが自然にできたり、とても素晴らしい響きが垣間見えたり、というレッスンでの瞬間を見るたび、いちいち驚きます。そして、思わず盛大に褒めてしまいます……

やる気を出させるために褒めたりしているのではなく、まず驚き、こちらが嬉しくなり、そして思わず褒める。この順番です。

この現象が、とても細かい事柄において、いちいち起こります。

ですから、レッスンはいつもわたし的には感動の連続となっています。(もう一歩先の感覚は「今日もレッスンにいらしたんだ!」て、来てくださることだけで感動する、というレベルかもしれません。実はこの感覚も、もうすでに実感しています。さすがにいちいち言いませんが。)

この仕事をはじめてもう30年近くになりますが、はじめからこんな自分ではなかったと思います。何かが内側で変化してここまで来ているのだなあ、と、感じます。

大きなきかっけは、やはり、7年前から厳しく本質を追求するレッスン、素晴らしい師匠と出会い、遠方まで足を運びながら1から学び直し歩んできた日々により培われたものと、深く感謝いたします。自分自身が学び葛藤しているゆえ、生徒さんたちの小さな変化に敏感になるのかもしれません。

…これだけ教えているんだから、そりゃあできるようになるでしょう、とか、できてもらわないと困る、とか、そんな風に一ミリも感じることはなく、我ながらこの感覚はほんとうに不思議だなあと思うのですが「できなくて当たり前」という前提で、すべてを全力で提示しているのだと思います。歌や合唱の指導においてもまるで同じ感覚です。

こうして言語化してしまうと、伝わらない人には何のことか全く伝わらないと思いながら書きますが、言い方を変えると「相手に期待していない」ということかな、と思います。そのように意識してはいませんが、たぶん、そういうことかなと。

教える側として、レッスンにおいて、出てきた音や演奏、あるいは大きい意味で生徒さんという人そのものに対峙して、気づきを得て、何かを発する、この連続に心地よく乗り続けるためには、無心の状態になければならないということかもしれません。

これ以上、説明はできないですね。

・・・年齢を重ねることで体力的に衰えていくのは仕方のないことですが、年齢を重ねながら様々な経験を積み、かつ、学び続けることから、自分自身の内面も変わっていけるのだ、ということを実感するこの頃です。

まだまだ目標は先にありますが、そこに光が見えていることで、安心して歩み続けていける気がします。

ありがとうございます。