ピーク

2020年2月5日公開のブログです。

皆さまこんにちは。

大人になり、ピアノ指導をするようになり、そこから一念発起して、演奏力をつけるために邁進してきたわたしは、同年代のピアノを学んできた友人知人から、「偉いねえ、この年でまだ進歩しようとするって、私は無理だと思う。あの頃みたいにはもう弾けない・・・」というようなコメントを頂くことが、度々ありました。最近はだいぶ減ってきましたけれども。(周囲の人も変わってきたせいもあるかもしれません。同志との付き合いが増えてきたような気もします。)

わたしには、誇れるほどの過去の「弾けた体験」もないし、そりゃあ何年も練習してきたからそれなりの技術はあったとしても、演奏に満足できた経験もなく。教え始めてからは「本当にこれでいいのか?」と常に悩み・・・。だから、生徒さんに失礼にならないためにはせめて学び続けなければと必死だっただけです。でも、学ぶことはそれはそれは楽しくて・・・教えるのも大好きだし教わるのも同じかそれ以上にワクワクする時間でした。(今もです。)

年齢というくくりで「若い時みたいに弾けない」という言葉を聞くと、不思議でたまりませんでした。

言っていることはわかります。練習をしなくなった、あるいはできなくなった、だから昔のようには弾けない、という意味だと。

大人になれば、たくさんの事情を抱えます。自分のためだけに時間を使うわけにもいきません。でも・・・なにか違和感。ピアノが弾けるのに「弾きたい!」と思わないのかなあと。

ピアノは、特に上級以上は、たっぷりの時間をピアノの前でひたすら練習を繰り返すことをしなければ成立しない、つまり、それが可能なのは学生のみ。だから学生時代がピークってこと?・・・なにか変だなと思います。

・・・オリンピックの体操選手ならまだわかります。どうやったって、肉体的なピークがある程度決まっている。でも、ピアノを学ぶことも、ほんとうにそうなのでしょうか。若い時何時間も練習するのは何のため?・・・その場その場でコンクールに挑戦するとか受験とか、目の前の目標はいつもあるかもしれないけれど、もっと先、10年20年先、どんな演奏をしていたいか。ピアノとどう向き合っていたいか・・・・そのために、今すべきことは何なのか。

もし、ピアノの練習に「苦しい」もしくは「つまらない」面がなにかあるとすれば、もったいないなあと思います。練習をすればするほど、「楽しい上に、底力がつく」のが、本当だと思います。

「練習した曲が弾けるようになった」だけでは、進歩といえるかどうかわかりません・・・曲がひとまず弾けるようになっても、実力そのものが伸びていなくては、わたしは楽しくありません。いったいどうすれば実力をのばせるのか、長い間、ここのところで悩みながら頑張っていたなあ、と、過去を思い返しています・・・

ロシアピアニズムに出会って、ピークは今だと思えるようになったわたしは、幸運だと思っています。来年も再来年も「ピークは今」と言っていると思います。仲間が増えていくことを願いつつ、精進してまいりたいと思います。

常に、これからです!