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カジュアルに歌を

盛岡市ピアノ教室「ミチコピアノアカデミー」

2024年2月1日のブログです。

当教室では、ピアノだけではなく歌のレッスンにも対応しています。

歌を習う、というと、一般的なイメージとしては「声楽専攻の本格派」「ポップスその他マイクを持って歌うためのボイトレ」この二つのイメージが多数のように感じるのですがどうでしょうか。

私の考える「歌を学ぶ」ということは、このどちらにも該当しない立場の人でも、「まずは良い声の出し方を探る。声の出し方にはいくつものあり方があることを知る。曲を歌う際に思うイメージに沿った表現ができるためにはどうしたらいいかを探り続ける」といったことをコツコツ積み重ねていく、ということです。私の立場は、当たり前ですが、出てきた音に対して、その都度その都度、アドバイスをしていく、ということです。

実際、このレッスンを長年続けている一般の大人の方においては、歌はもちろんですが、見えないところで色々なことが変化しているという実感があるようで、、それは、私もいつも感じていること。音楽に限らず、物の感じ方、受け止め方、見えかただったり、様々あるということを、折にふれ互いに声に出すことがあります。音楽のレッスン、良い技術を求め続ける醍醐味は、こんなところにもあるものです。音楽の学びというのは、上手い下手、のような表面的なところで決してとどまらないものだと思います。

結局、ピアノと同じことになるなのですが、「もっと良い音楽にするにはどうしたらいいか」というこを、身体を使って試行錯誤していくということ。声そのものも、表現するためにあるわけですから、ただ声が出ればいい、ということではないですよね。また、歌は自分が楽器ですから、ある意味では、ピアノに比べ自由でもありますし、いつでもどこでも楽しめます。

これまで、歌の生徒さんを意識して募集したことはなかったのですが、最近、外での指導ではありますが、年齢超高めの歌の会のメンバーの歌声が奇跡的なレベルで素晴らしくなってきており、コツコツ、ただコツコツと、ゆるゆると、でも内容は全く妥協なく積み重ねていく事と、歌う側の意識とが融合したとき、とんでもないことが起きる、ということを体感していましたので、この場でも取り上げてみることにしました。

過去の体験からも思うのですが、身体の使い方を工夫し音楽に合わせた表現を求めていくと、若い人は大人っぽく、年齢の高い方は若々しく、つまり、声の年齢が真ん中にづくというか、そんな感じになっていきますね。年齢不詳の声になる。

良い声を出す、という目的をストレートに置くのではなく、音楽表現のためにどう声を使うか、という考え方にもとづいて取り組むと、どうやら自然にそうなっていくようです。

もし、今後大人の生徒さんが何人か集まるようでしたら、歌のアンサンブルも新たに作ってもいいかな、と、考えています。もちろん、ご希望があれば、の話です。

独唱もいいですが、少人数での歌のアンサンブルは楽しいです。そして、まあまあ歌えているつもりだった自分のほころびがどれだけあるのかに気づき続ける、というのが本当に、やめられない喜びです。

ピアノの生徒さんの場合、たとえばですが、月の3回をピアノのレッスン、お得な+1回のレッスンを歌とソルフェージュ、というプランもおすすめです。ここで言う「歌」は音程をとれる、というだけでなく、歌い方そのもののレッスンを含みます。

みなさん、気軽に歌を楽しんでいきましょう。すぐに、とはいきませんが積み重ねていけば、気づいたら上手くなっています。