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カバーも大事

盛岡市ピアノ教室「ミチコピアノアカデミー」

2020年12月30日のブログです。

重い腰を上げながら、換気扇やら何やらなんとか掃除をし、謎の達成感に包まれています。やった!やりました!という気分です。こういうことは、始めてしまうと夢中に(なかばやけくそ気味に)頑張るので、途中からは、もはや面白いことをしている気分にさえなれるのですが、腰をあげるまでが・・・。

さて教室のほうはというと、今年は、いちいち消毒液でふくとか、これまでにはない神経の使い方でしたので、折に触れて見えないところも片付けていまして、今、いつもより楽な気がしています。これまで25年のうち19年を今のレッスン室で行ってきました。感謝をこめてお掃除したいと思います。

・・・教室初期のころは、私自身、自分の足りなさをカバーするために、たくさんのことを頑張っていました。まずはとても安いお月謝で数年間「修行のつもりで」レッスンさせて頂いておりました。年に一度の発表イベントでは、ピザを何十枚も焼いたり、お弁当屋さん顔負けの仕出し弁当風を作ってサプライズで全員に出したりとか、もはや自分が何屋さんだかわからないことをしていた時代もあったのです。(もちろん前の日はほとんど寝ていなかったはずです)ほかにも、飾りつけや、ゲームとか、とにかく「生徒さんたちに喜んでほしくて」色々やっていた気がします。もちろん、当時のご父兄様がたのご理解ご協力あってのことでした。

その後は「コンクールへの取り組みと、発表会の演出が命」みたいな時代でした。コンクールといっても子供たちそれぞれのレベルに応じたコースに各自一曲弾いて臨むというものですが、教える側の実力の見せどころとばかりに張り切っていたのが当時の私ではないでしょうか。そして、生徒が良い賞を頂くたびにピアノ教師としての自分を少しずつ認めていった、そんな頃でした。でも今ならわかります。賞をとったのは、私の力ではなく、ほとんどが「本人の資質」であったのだと。そして、この時代に別なあり方で指導してあげていたら、もっと伸ばしてあげられた子がいたのではないかと。振り返ると、わが身の反省しかありませんが、たくさんの賞を頂けた思い出は努力の証であるのは違いないし、コンクールの審査員という経験をさせて頂けたのも、ひとつの財産だったと感謝してもいます。

このころの発表会については、いらしてくださるお客様に満足してほしくて、選曲にもかなり気を配り、ひとりひとりの生徒さまの演奏としてはもちろん、全体としてひとつのまとまりあるステージにするため、毎回毎回様々な工夫をしていました。書いていくときりがないのですが、ほんとうに一生懸命やっていました。でも心のどこかにいつも「自分という音楽教師の未熟さ、中身の足りなさをカバーするために」やっていることだと自覚していたような気がします。もちろんそれがすべてではありませんが、そういう気持ちはあったと思います。あのころも、ご父兄様あっての時代だったと感謝の思いでおります。

このころから、「自分がちゃんとしたピアニストにならなければ先に進めない」という意識が芽生えていき、ますます本気で勉強するようになり、演奏のご依頼を頂く機会も増えていき、さらに何年も経過して現在に至ります。

生徒さまのためになにができるか。今のわたしは、「これまで学んできたものを惜しみなく伝える」ことに集約されます。より充実したレッスンにしたい。そのために、今より少しでもましな自分になるべく努力していくだけです。大げさかもしれませんが、生徒さまに、「一生モノの財産といえる何か」を、伝えられるような中身のある教師になりたいです(ずっと続く目標です)。レッスンを積み重ねることで、2年後、5年後と、確実に基礎力が育っていくあり方を理想にしています。基礎力とは、一生かけて育てていくものだと、今は認識しております。

・・・でも、かつての自分がたどってきた、音楽以外のサービス、も、決して悪いこととは思いません。その時の生徒さまが満足すればそれでよしです。特にお子さまの場合には。

カバーより中身に意識が向いていくと、なぜだかどんどん「地味に」見えていく気がしますが、そもそも音楽に取り組むとは、地味なことですから・・・

この時代、音楽に「取り組む」というより、音楽を「利用して」自分を発信するという感覚もあるのかもしれません。まさに多様ですね。

今の自分にできること、信じる道を、頑張っていきましょう。

今年も残すところあと1日となりました。