初見力を伸ばしたい
盛岡市ピアノ教室「ミチコピアノアカデミー」
2025年7月16日のブログです。
音符、リズム、その他の記号等沢山の情報を、縦横に一気にとらえて、音楽として最もふさわしいあり方にできるだけ近づけて、いきなり演奏できるのが楽譜の初見力です。
譜読みは丁寧に行わなければなりませんが、その人のレベルに応じて、初見力は常に鍛えていかなければならないと思っています。
家で練習をしてきて、その成果を先生に披露する、というあり方は、確かに当然であり、その積み重ねがピアノの基本的なレッスンですけれども、なんだか最近、すべての人にレッスンで初見をしていただきたいとさえ思うようになってきました、(もちろんそんなことはやりません。必要な時だけです。)
音楽的な才能を別にしたとき、ピアノ演奏の実力とは、初見力と言ってもいいかもしれないです。(耳コピで何でも弾ける力も素晴らしい能力ですが、クラシックピアノにおいては譜面抜きでは考えられないので、今そこには触れません)
譜面がそこまで難しくない場合、初見で一番難しいのは、正しい音、リズム、ではなく、正しい(ふさわしい)響き、タッチを選んで弾く、ということ。だから、たくさん訓練したほうがいいです。
私自身、年齢を重ねて衰えていることもあるのかもしれないけれど、一方で、昔よりは、わかりにくい音楽でも、楽譜から演奏として起こせるようになってきました。ピアノというのは、弾ける=音楽になるわけではなく、弾き方、響き、などがふさわしくなければ、変な感じに聴こえます。
初見には、技術的な面と読譜の力の両面が必要です。
あとはやはり耳ですね。
今聴こえているものを100%信じてはダメだと思っています。
自分にはまだ聴こえていないものがたくさんある。昨日まで聴こえていなかった響きが、今日わずかでも聴こえるようになればいい、そんな気持ちで、ピアノに向かっています。
私たちは、驚くほど聴こえていないのだと思います。普段から、必要なものを選び取って聞いているからかもしれません。(そうしなければ混乱してしまいますので)
耳を開くとは、「自分の心をのぞき込むこと」と関係あるのかもと、ふと思いました。
自分の中にある、見たくないものも、封じ込めているものも、ちゃんと直視できて受け入れられた時、もしかしたら耳も変わるかもしれません。そういった精神面と技術が合わさった時、その人にしか出せない本音の演奏がやっと出せるのでしょうか。
初見であれ、練習を重ねた演奏であれ、レッスン室であれ、ステージであれ、一音に自分自身の刻印をするような気持ちで、日々ピアノに向かいたいと感じます。
自分に足りないものを、ずっと追求し続けてきて良かったことの一つは、こんな風に感じられるようになってきたことです。幸せなことだと思っています。