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一日をちょっと長くする

盛岡市ピアノ教室「ミチコピアノアカデミー」

2026年2月9日のブログです。

私自身の人生を振り返ったとき、ピアノを全く弾いていない時期というのは、ありました。

正確には、まったく、ではなかったかもしれませんが、たとえば、レッスンをいったんやめて、練習ももちろんせず、頼まれた伴奏だけを弾いていた中学の頃(たいして練習などしていなかったと思います)また、教員として勤務していた頃も、家にはピアノは置いていませんでしたから、授業で弾くぐらいでした。

じゃあその頃、ものすごく暇だったかというと、そんなはずはなく、中学では人並み以上に部活にのめりこみ、いつもそのことを考えていましたし、社会人になってからも、何かしらやることはあるもので。

何が言いたいかというと、ピアノの練習などしていない場合も、人はそれなりに忙しい。だから、ピアノの練習というある意味特殊なことは「今の生活にさらに付け足す」ものだ、ということです。時間がない、と本当に言えるほど忙しい人でも、毎日30分の練習時間を「付け足す」ことさえできないとは思えません。一年過ごしている間に、たまには長い時間練習できる日もあるでしょう。そうやって、練習時間を「生活に付け足して」いく。そんなイメージではないか、と、この頃思うのです。

一日を25時間にした、と思えば、1時間練習できます。何を言っているんだと思われそうですが、本当にそういう感じなのです。私自身、暇だから練習をしているわけではありません。ピアノを弾く時間を持つことで、人生の時間を本来より多く味わっている、と感じている感覚なのです。

時間を捻出する、が、正しいと分かりますが、それだと、何かを犠牲にしなければできない、ととらえられるように思います。そこまでの大げさなことではなく、ただ、淡々と、日々の生活に「ピアノの練習、それも、目先が楽しいとかだけでなく、将来今より少しでも自由にピアノが弾けるようになりたいからただやり続ける」ということ。シンプルです。

このシンプルなことがなかなかできない場合、そもそも、「本当の意味で」ピアノ音楽を自分の手で奏でることに対しての興味があるかどうか、というところからの話になってくると思います。

泥臭く取り組むことを「楽しい」と思える場合、それはとてもラッキーな感覚ですので、大事にしてほしいと思います。ピアノの練習を重ねた結果など、うんとうんと先にならないとわかりません。

謙虚、という言葉がありますが、まさに、自分の能力に対して謙虚であることこそ、地味な練習への原動力の一つではないかと思うこの頃。

初めから、自分は大した才能もありそうもないのにどうしてもピアノが好き、という人などは、とてもラッキーだと思います。

どんな人でも、年単位でコツコツと練習をつみ重ねていくことで、ピアノ演奏の上達以外にも、思いがけない副産物も、いずれ手に入ると感じています。