立体的な演奏をめざして
盛岡市ピアノ教室「ミチコピアノアカデミー」
2025年8月20日のブログです。
またまた同じようなことを書きますが、今思うことを投稿します。
音楽の指導をするときに、指導者の「そもそもの視点」によって、何をどう取り上げて発言するかが決まると思います。
音やリズムの間違いを正す、というような、共通理解ができることは別として、もし歌であれば発声、発音、表現、など、取り上げることは無数にあります。これらの中で、いま、どの優先順位で指導するか、というところに、その指導者の「そもそもの視点」が大きく関わってきます。
ですから、指導者の視点と全く違う視点で練習を続けた状態で指導を受けた場合、時には、「え、そこから?」と思うことも出てくるかもしれませんし、逆に、あ、そっちからか!なるほど!と、突然腑に落ちることも多いかと思います。
教える側としては、腑に落ちていただかなければ意味がないとは思います。ここで言う「腑に落ちる」というのは、「できる」ということではなく、たとえばですが、音楽を作っていく上での順番というのは、実は、思っている順番の反対側からだったりもするんだよ、というような、新しいものの見方のきかっけになったな、と、感覚でつかむ、というようなことです。
楽譜を読み、リズムどおりに音を並べ、楽器や歌を演奏するわけですが、私自身も含めて、多くの場合、音(響き)というものを本当には聴けていない場合が多いかもしれません。小手先で器用に音を並べても、何かが物足りない、この後どうしていいかわからない、と、感じるような場合、演奏が立体的になっていない場合が多いように思います。音楽のその瞬間瞬間を取り巻く空気が変化しないからです。
視点(音楽は聴くという視点ですが)そのものが立体的になっていなければ、出てくる演奏は平面的になります。同じ空気のまま、演奏が進みます。それが、立派であるか、そうではないかの違いはあっても。
どんなに良い声でも、立派でも、曲の中の場面でとりまく空気が変わったり、それぞれの曲の違いが表現できなければ、面白くないし、魅力に乏しいと、私は思っています。面白くて魅力的な演奏を聴きたい。
人間と同じですよね。面白くて魅力的な人は、そうなるまでに色々な経験をして乗り越えてきた方だと思います。ですから、そんな演奏ができるためには、深い洞察と、時間をかけた絶え間ない練習が当然必要ですが、音楽を志す人にとっては、それは喜びでしかないと思います。耳を変えていく決意と意識を常に持って。
また、いつも書いてしまいますが、心の状態も聴き方に影響すると思っています。物事を立体的に見て、感じられるように生きていきたいものです。
上手い言葉がみつかりませんでしたが書いてみました。